越後岩室温泉郷

岩室温泉について

良寛と岩室

良寛さまがこよなく愛した岩室

 良寛和尚(俗名:山本栄蔵)は出雲崎の庄屋橘屋の長男として、宝暦8年(1758)生誕。
 18才で光照寺(出雲崎)で悌髪し、仏門に入る。22才から37才の間、岡山県倉敷市「円通寺」で国仙和尚の弟子として修行、「大愚良寛」と改める。その後、国上寺五合庵、乙子神社、寺泊の密蔵院で69才まで住まいし、晩年の6年間は島崎(旧和島村)の木村家で供養うを受け、天保2年(1831)1月6日74才で死去。
 国上山での頃から、良寛和尚は旧岩室村の医家・山岸楽斎や小川家、堀越家をはじめ岩室温泉、間瀬に度々足を運び、多くの詩歌を詠んでいます。


樋曽山の良寛歌碑

樋曽山の良寛歌碑

 和42年5月、矢川水系の新樋曽山随道の完成を記念して、碑の建立がなされ、その一部に良寛さんの歌が刻まれています。碑の前の往来は、かつての北国街道であり、ここの山すそはもみじなどが群生していました。そして、その紅葉は旅人の目を楽しませたと言われています。この 歌で、もみじが好きだった良寛さんの『この山の紅葉を見てみたい』という気持ちが伝わってきます。そしてこの周辺に、この碑を見下ろすように、古代のロマ ンを秘める葺石古墳(観音山古墳)があります。また、数百メートル先(巻町福井)の街道脇にも、天気雨とも言われる“日照雨(そばえ)”のことを詠んだ良寛さんの歌碑もあります。


田中の松の良寛歌碑

田中の松の良寛歌碑

 北国街道の田の中に一本の松が立っており、通称「敵見松」と呼ばれ、小振りですが、姿の良い松であったようです。乞食してここの街道を通る良寛さんは、この松をこよなく愛し、人に見立てて慈しみ、この歌のほかにも数首の歌を詠んでいます。
この歌碑は、矢川放水路工事に伴い、一時、種月寺参道に移されましたが、現在はもとの場所に戻されました。5代目の松は近代技術により、クローン松として国の研究機関で育苗されたものです。
(岩室の丸小山にも同様の碑があります。)


間瀬浜の良寛歌碑

間瀬浜の良寛歌碑

 歌碑はシーサイドライン沿いにある越後七浦観音から、海辺にある弥彦浦遊歩道を少し入った所にあり、そこは、はるか遠くの佐渡が見渡せるという絶好のロ ケーションです。海に向かって毅然とそそり立つ巨岩の壁に、良寛の歌を刻んだ御影石を埋め込むという、全国でも類を見ない歌碑で、『間瀬の浜に来てごら ん。待っているよ』という意味だそうです。優しさと温かさに満ちあふれた、良寛さんのこころのフレーズが伝わります。

ゆかりの著名人

中原 道夫 氏

中原 道夫 氏

わずか17文字。
限られた世界の中で、いかに革新し続けられるか。
それが最大のテーマであり、醍醐味なんです。

1951年
新潟県新潟市和納(旧岩室村)に生まれる
1974年
多摩美術大学卒業
1982年
句誌『沖』へ投句を始める
1984年
第12回沖新人賞受賞、同人となる
1990年
第一句集『蕩児』(富士見書房)により第13回俳人協会新人賞受賞
1994年
第二句集『顱頂』(角川書店)により第33回俳人協会賞受賞
第二句集『顱頂』(角川書店)により第33回俳人協会賞受賞
1996年
第三句集『アルデンテ』(ふらんす堂)
1998年
第四句集『銀河』(花神社)、10月より俳句結社「銀河」主宰
1999年
『中原道夫1008句』(ふらんす堂)
2000年
第五区集『歴草』(角川書店)
2001年
『中原道夫俳句日記』(ふらんす堂)、『食意地一ぬ日記』(邑書林)、
共著『俳句って何?』((邑書林)など多数

新潟日報俳句欄選者、「俳句研究」読者俳句欄選者、BS俳句王国選者、日本文藝家協会会員、俳人協会幹事などを務める。TV番組では、「今日の料理」「男の食彩」「夢ディアこども塾」「新・日曜美術館」「俳句紀行五-七-五」「BS俳句行会」「BS俳句スペシャル列島横断市民俳句大会」(以上 NHK)などに出演。


立川 談志 氏

「談志の田んぼ」で岩室と交流

談志の田んぼ開始までの経緯

「談志の田んぼ」で岩室と交流

 日本有数の米作地帯=越後平野を特徴づけていた「はさ木」。
岩室温泉から程近い夏井地区に今も残され、越後の田園風景を懐かしむ俳人、写真家や画家が訪れる。その中の一反の田んぼに一枚の看板。立川流落語会家元=立川談志師匠が、自ら手で苗を植え、稲を刈り、はざ架けをするもの。

談志の田んぼ開始までの経緯

昭和60年12月
岩室村商工会青年部主催「第1回岩室寄席 春風亭小朝独演会」開催。
昭和61年4月
「吉窓・小満女二人会」により上記青年部員を中心に岩室落語会発足。
その後、岩室寄席と並行して小さな落語会を毎年開催し、現在まで続く。
昭和62年
江戸文字 立川文志師に談志師匠出演を依頼。
12月
「第3回岩室寄席 立川談志独演会」開催。
これが私たちと談志師匠との出会い。
昭和63年~
小さん、志ん朝、円楽、円蔵、円窓、各師匠出演の 岩室寄席を開催。
平成5年12月
「第9回岩室寄席 立川談志独演会」開催。
平成6年11月
「第10回岩室寄席 立川談志独演会」開催。
この10回をもって、商工会青年部主催の「岩室寄席」終了。

「岩室寄席」は終了したが談志師匠との接点を持ちつづけたいと 岩室落語会のメンバーは思っていた。そこで

「家元談志の田んぼ」

1)田んぼ一反の米を毎年師匠に進呈させていただく。(コシヒカリ8~10俵)
2)その田んぼは談志師匠の米であることを表示する。
3)年一度、田植え、稲刈り又は生育の視察の際に落語会、または宴会を持っていただく。
と談志師匠にお願いする。

江戸文字 立川文志師のお骨折りもあり、また、米に弱い世代でもあり、快諾していただく。平成7年10月25日の収穫祭=稲刈りより「談志の田んぼ」開始。
以降、毎回お家元来田し、手植え、手刈り、天日乾燥による農作業を実践。毎回、田植えと稲刈りにお家元が訪れ、夏井のじいちゃん、ばあちゃん、とうちゃん、かあちゃんと農作業に勤しむ不思議な空間、時間。この地に合うのか合わないのかを超えた存在感?そこで交わされる会話。教えてあげない。今度来ればいい…


高井 研一郎 氏

総務部総務課山口六平太

長崎県出身。1937 年 7 月 18 日生まれ
代表的な作品
・ あんたの代理人
・ 総務部総務課山口六平太
・ プロゴルファー織部金次郎 など

「総務部総務課山口六平太」

 このマンガは、ビックコミックに連載されているもので、自動車会社の大日自動車の総務に勤務している、山口六平太が主人公です。
会社の縁の下の力持ちという総務部のスタンスが描かれており、読みすすめるうちに、不思議と引き込まれてしまいます。また姿形が決してかっこいいわけでは ない主人公の山口六平太の人間としての魅力が、読む人にまっすぐに伝わってきて、こんな友人がいたら良いと思うほどの人物に仕上がっています。

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